前回はマップをしき、今自分のいる場所を発見することがまず一つ大切ですねという話をしました。今回はどこに自分を投入するかという話をチームとして行う場合と絡めてお話します。
- どのようなチームを持つべきか
チーム単位での具体的な成功例について参照してみようと思います。
- 私の場合
- IT業界の人へ
- 私のチームの人たちへ
どの様なチームをもつべきか
成功は運に支配されていますが、一方で勝ち残った人たちには共通して成功する必然性があるように感じられます。幸い私たちは多くのサクセスストーリーについての記事からたくさんのことを学べる環境にあります。他者に認められる製品を排出するということは、技術、精神性、発見などの他人より上回っているベネフィットを他人に提供できる状況にあるということです。自分たちを競争にさらすに当たってまず自分たちのチームをその高みに押し上げる必要があります。
個人でプロダクトを排出ということは無駄の無さ、動作の迅速性、初案と成果物を見比べたときの純粋性を得る代わりに、チームで行動する場合のような分業による生産性、初案をもみしごくことに欠けるリスクを負う行為ではないか思います。よりアカデミックな分野では個人によるイノベーションはしばしば起こりますが、webというバランス感覚を求められる世界ではチームでプロダクトを打ち出すほうが堅実ではないかと思っています。ここでは複数人であることによって生まれる文化やケミストリーに注目してみたいと思います。個人に人格という経験の累積があるのと同様に、チームにも歴史というそれなりの必然性、点でなく線を見出していただければと思います。
phusionはapache上でrailsを動かすモジュールpassengerを商品にしている企業です。また、主にGCの改良をしたruby enterprise editionも抱えています。上のリンクのRailsConfでの写真を見ると子供が大人にプレゼンしているように見えてしまいます。この当時で平均年齢22歳でありながらオープンソースコミュニティに長く慣れ親しんでいて、広い分野のバックボーンがあるようです。4人のサイエンティストが集まるとまず専門的な分野に従事しようと思うのでしょう。実行環境に文句を言う代わりにビジネスにするんだとおもいます。web系の人がマーケットを探しているときに暗黙的に何かを諦めているんだと気づかされます。
創業者のJason Fried[/Freed/]はもともとデザイナーだったが、自分のブログにプログラムの質問をしたところDHHが答えたことから知り合って現在に至っています。社員14人で100万人のユーザを抱えており、もともと7人で株の資金調達なしに2年ほど運営してきたことを誇りに思っているようです。”私たちの顧客は私たちの投資家であるOur customers are our investors”とか、”クールはすぐ薄れるが、利便性は薄れないCool wears off quick, usefulness never does”というのはJasonがドリーミンな世界ではなく常にリアリストの世界に所属していたいこと示しています。また極端に合理的な仕事術を取り入れている企業でもあります。
DHHはこんなことを言っています。
- 多くの人々は、Facebook・Myspace・YouTubeのようなメガヒットベンチャーを作り出そうと思い込みすぎている。そんな確率は低いので、もっと地に足がついた目標を掲げるべき。
- 2000人の顧客が月40ドルを12か月払えば、100万ドルになる。自分が楽しみながらできる仕事で100万ドル稼げるとしたら、それを見捨てるのはばかげている。
- 無理して会社を大きくし、売り抜けてから人生を楽しむんだ、という人がいるが、その人は本当に人生を楽しめるのだろうか。
いつもなんでこのデンマーク人が日本的な他人への思いやりのあるRailsというプロダクトを作り出したのか不思議でした。彼のPHPのヘビーユーザであった背景やJava嫌いなところ、批判的な性格や辛辣な発言をみると、合理主義的な欲求によってこれを作り出したととらえる方が自然な気がしてきました。
さて、計算機科学者と合理主義者と人文学者について見てみました。人にはそれぞれの線があることが分かりました。もう一度あなたがなぜ今そこにいてそれに従事しているか考えてみてください。あなたの所属するチームを見つめなおしてみてください。何ができそうでしょうか。
私の場合
7年ほど前私が始めて社会に出て、底辺のSIerに就いたとき、この仕事に対してこのようにがんばりかたをしていることを想像したことはありませんでした。まだまだ頑張りがたりませんが。。最初の会社の社長がwebデザイナーでなくプログラマーになれといったとき、今日の日の様に多少なりとも自分の職種にプライドを持っている自分を想像したことはありませんでした。技術系の大学を出ているわけでもなく、なんだかよくわからないまま4年ほど過ごしました。技術もセンスもアイディアも自分には無いことを認識しつつ、平凡なパスに人と異質なものを置くことで何か起こるのを期待しているだけです。
昨今のwebのコモディティ化に対処するために何ができるだろうかということを常々考えています。幸い本業、趣味、思想の練り直し、啓蒙など勉強する時間はたっぷりあるので有効に活用しています。人にはそれぞれ大きな潮流があるので、自分のストーリーにしたがってみること、自分に似合うことをしてみることが一つ重要かなと思いました。今、自分の所属する世界の線や自分自身の線、自分が所属するチームの線の交差点を見出す極端に高い客観性の導入が求められていると思います。客観性によって他人の主観性をコントロールするという高度なバランス感覚を求められる世界に私たちは所属しているのではないでしょうか。さらに理論を推し進めて、webというカオスの中である程度体系的にアイディアを創出するという次のステップに進まなくてはなりません。
人格とはその人の歴史そのものではないかなと思っています。逆に普段自分が絶対しないであろうことをしてみることでもともとの潮流から大きく外れたパスを描くこともできると言えます。今なぜここにいてこれをしているのかということも考えてみました。最近私の起業した友人が印象深いことを言っていました。彼はなぜ起業家が企業理念を’社会貢献’とするのかということについて発見をしたと言っていました。私はそれをちょっとした偽善的な、もしくは理想主義の表題的なものに過ぎないと思っていました。起業すると上から下から横から身内からのプレッシャーにさらされます。それからその他のいろいろな要素によって自分の内面に向き合うことを強要されます。そういうときに人は何か理由付けをせざるを得なくなるのではないかと彼は言っていました。私は付け足して、理由付けをしたければしたい人ほど茨の道を選ぶのではないかと思いました。では理由とは何か?なぜ生きることに理由付けする必要があるのか。なぜ自分は理由付けを始めたのか。今回、そこまで掘り下げました。理由付けと恐怖との関わり合いも発見しました。(恐怖についてまた気が向いたときお話します。)まったく逆のヒントも得ました。何かを大きく諦めてみることで、他人にはもてない大きな力を得られるのではないかということは最近学んだ一番大きなことです。ここに何か異質な力を感じています。
IT業界の人へ
あなたたちをとても尊敬している。僕は本当の意味で技術者ではないんだけれど、あなたたちのように頭が良くて、雑多な関心事に議論をし続ける人たちと一緒に働けて嬉しい。特に本業だけでなく、哲学、芸術、音楽、人文、政治に高いセンスを発揮している人たちが多く、そういう人たちに出会えたのが僕の財産になっている。僕が最初に就こうと思っていたwebデザインや音楽、DTPなどの業界では仕事からこういう種類のフィードバックを得られなかったんじゃないかと思う。
49ersやホテルカリフォルニアのようにむしろ他人よりも不幸な人生を送る事態が待っているかもしれない。先ほどちょっとだけ、人は理由付けすべくしてしているんだというお話をしました。ただ一つ言っておきたいのは僕たちに他に何ができるんだ?ということです。一緒に前を向いて進みましょう。僕はそこに何か人間の尊厳のようなものを感じずにはいられないのです。
日本のマーケッターは技術者ほどエンジニアリングへの深い愛を持っていない。だから技術者がマーケッターに政治的な革新以外のものを求めるのは無いものねだりではないだろうか。think of google. 僕たちが技術の次に得るべきなのは西洋型の極端に高い客観性の導入ではないだろうか。それからもう一つ、ソフトウェア工学のような管理工学など他分野へクロスオーバーする分野、他分野へ適用がききそうな分野を導入していることがIT業界のもうひとつの潮流であり凄みじゃないだろうか。ごく基本的なマーケティングの手法でも構わない。私は最近学問的にアイディアをそれなりに定量評価できる工学が仕事の場で当たり前に導入されている世界を最近よく想像してみています。
僕のチームの人たちへ
あなたたちとなら何かやれそうな気がしてる。あなたたちは技術的にも他人に誇れるものを持っていると思うし、何より着眼点や、ある一つの事象に対してまったく違うとらえ方をしていることにはいつも驚かされる。僕は今あなたたちと何ができるか考えている。今もしかしたら日本で、地を這うような気持ちでプロダクトを生み出しているかもしれない。でも、失敗のない成功はない。とにかく頑張って欲しい。また会いましょう
今私が一番欲しいものは成功体験です。小さな成功体験でも構わないので、できれば自分で考えたものでそれなりに評価されるものを世の中に出したいです。そうやってころころところがって行きたいです。
This era is Not for the Punks. Not for the Beatniks. Not for the GenX. Not for those who call for destruction. It's for creators.
Hello World!